医師として長年経験を積むなかで、

「いつかは自分の理想とする医療を実現したい」「もっと患者に寄り添った診療がしたい」

と、開業を夢見る方は少なくありません。

しかし、開業には多くの時間・労力・資金が必要となり、漠然とした不安を抱えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そこで本記事では、開業を目指す医師が今からできる準備と、成功率を高めるためのポイントについて詳しく解説。

開業を決意する理由やベストタイミング、年収の実態などにも触れているので、ぜひ参考にしてください。

医師が開業を決意する理由

そもそも、医師が開業を決意する理由とは何でしょうか。

ここではまず、その動機として多くの医師が挙げる3つの理由を深掘りしていきます。

理想の医療を追及するため

勤務医としてはたらくなかで、組織の方針や制約により、自身の理想とする医療を提供できないと感じる医師は少なくありません。

例えば、診療時間の制限や患者一人ひとりにかける時間の制約、最新医療機器の導入の難しさ、他の医師による診療内容への介入など、さまざまな場面でジレンマを感じることが多いものです。

少し古いデータになりますが、社団法人日本医師会が発表した「開業動機と開業医（開設者）の 実情に関するアンケート調査」では、

開業を決意する理由として「理想の医療を追求するため」が42.4％を占めており、多くの医師が理想的な医療環境を実現するために開業を選んでいることがわかります。

開業することで、自身の考える理想の医療を自由に追求し、患者に対してより質の高い、きめ細やかな医療を提供できるようになります。

このような点は、医師としてのやりがいやモチベーションを高める大きな理由と言えるでしょう。

勤務医としての働き方に限界を感じた

勤務医の責務は、多忙な外来業務、当直、オンコール、病棟管理、そして研究や教育など、多岐にわたります。

長時間労働や精神的なストレスも多く、ワークライフバランスの確保が難しいと感じる医師も少なくありません。

特に、子育てや介護など、ライフイベントの変化によって、勤務医としての働き方に限界を感じ、自身の裁量ではたらく時間を調整できる開業医という道を選ぶケースも多く見られます。

自身のペースで仕事を進めたい、プライベートな時間を大切にしたいという思いが開業のきっかけとなることがあります。

経営を含めたやりがいを求めて

医師としての専門性を活かしつつ、医療機関の経営という新たな挑戦にやりがいを見出す医師もいます。

クリニックのコンセプト設計、人材採用、マーケティング戦略の立案、財務管理など、医療以外の幅広い業務に携わることで、自身の能力を最大限に発揮し、事業を成長させていく喜びを感じることができます。

単に患者を診るだけでなく、地域医療に貢献しながら、自らの手で事業を創り上げていくという、より大きなスケールでの達成感を得たいという欲求が開業につながることがあります。

医師が開業するベストな年齢・タイミングは？

医師の開業において、「この年齢が最適である」という絶対的な答えは存在しません。

しかし、実際に開業を選択する医師たちがどの年齢で新たなスタートを切っているのか、その傾向を知ることは、自身のキャリアプランを考えるうえで重要です。

ここからは、開業する医師の平均年齢や、若いうちに開業する場合と、経験を積んでから開業する場合のそれぞれのメリット・デメリットを見ていきましょう。

開業時の平均年齢は41.3歳

社団法人日本医師会が発表したデータによると、開業時の医師の平均年齢は41.3歳となっています。

引用：社団法人 日本医師会 「開業動機と開業医（開設者）の 実情に関するアンケート調査」

しかし、近年は医師を取り巻く環境や価値観の変化に伴い、開業する医師の年齢は多様化しています。30代前半で独立を果たす医師もいれば、50代後半で開業する医師もおり、早すぎる、遅すぎるといったことは一概に言えません。

とはいえ、開業にあたっては医師として十分な臨床経験が求められるほか、自己資金の準備や融資審査の通過、返済計画の立案など、現実的な面も考慮する必要があります。これらを踏まえると、やはり一般的には40歳前後が開業の適齢期と言えるでしょう。

若いうちに開業するメリット・デメリット

統計上では40歳前後が開業年齢の平均ということがわかりましたが、実際に若いうちに開業した場合、どのようなメリット・デメリットが考えられるのでしょうか。

若いうちに開業するメリット・デメリットとしては以下のような点が挙げられます。

【メリット】

• 返済期間が長いため、融資を受けやすい
• 体力があり、事業が軌道に乗るまでの忙しい時期も耐えられる
• DX（デジタルトランスフォーメーション）に柔軟に対応できる
• 万が一うまくいかなくても、再就職しやすい

【デメリット】

• 経験不足により、患者との信頼関係を築くのに時間がかかることがある
• 勤務医としての経験が浅いため、医療業界における人脈が限定的
• 開業資金を借入に頼る比率が高くなり、返済負担が大きくなるリスクがある

年齢を重ねてから開業するメリット・デメリット

逆に、年齢を重ねてから開業するメリット・デメリットは以下の通りです。

【メリット】

• 豊富な臨床経験と実績により、患者からの信頼を得やすい
• 人脈や地域ネットワークが豊富で、集患に繋がりやすい
• 積み重ねたキャリアが冷静かつ的確な経営判断に有利に働きやすい

【デメリット】

• 若年層に比べて体力的な負担を感じやすい
• 新しい医療技術やDXへの対応に時間がかかることがある
• 開業後の医師としての活動期間が若年層より短くなる

開業を考える医師が今からできる準備とは？

開業を目指すなら、早い段階から具体的な準備を始めておくことが重要です。

ここでは、将来の開業に向けて勤務医のうちから取り組むことができる準備について、順を追って整理していきます。

経営理念とコンセプトを固める

開業にあたって最初に取り組むべきなのが、クリニックの“軸”となる経営理念とコンセプトの明確化です。

どのような価値を提供し、誰に向けて、どのような医療を行いたいのか。この部分が曖昧なままでは、診療方針や院内の仕組み、スタッフ教育にも一貫性を維持できません。

例えば「地域に根ざした小児医療」「はたらく世代の健康を支える内科診療」など、患者にとってわかりやすく、信頼感につながるメッセージを言語化することが大切です。

この理念が明確であればあるほど、開業後の判断軸にもなり、ぶれない経営につながっていくでしょう。

診療科・ターゲット患者の選定

クリニックの持続的な成功には、自身の専門性と、地域の医療ニーズを深く理解したうえでの「診療科」「ターゲット患者」の選定が重要です。

自身のこれまでの専門性や得意分野を最大限に活かしつつ、開業予定地の地域住民がどのような医療サービスを求めているのかを綿密に調査し、自身の専門性が合致しているのか判断する必要があります。

例えば、若い世代のファミリー層が多く居住する地域であれば、小児科や皮膚科、産婦人科などのニーズがあるかもしれません。

また、どのような患者層を主なターゲットにするのか（乳幼児、学童期の子ども、現役世代の成人、高齢者、特定の慢性疾患を持つ患者など）を明確にすることで、

提供する医療サービスの内容、クリニックの空間デザインや雰囲気、さらには適切な立地条件なども具体的に検討できるようになり、効果的な集患に繋がります。

医療技術の幅を広げる

開業を目指す医師にとって、医療技術の向上は欠かせません。特に、開業後に患者から信頼を得るためには、常に最新の技術や治療法を取り入れ、診療の質を向上させていく必要があります。

例えば、新しい医療機器や診断法、治療法の習得、あるいは特殊な治療法を専門にすることで、他の医療機関との差別化を図ることができます。

また、開業前から積極的に研修や学会に参加し、最新情報を得ることは、患者への信頼感を高めるとともに、スタッフ教育にも役立ちます。

自己資金の準備

医師が開業を目指す際、必要となる資金の全てを準備するのは難しいため、多くの医師が融資を利用します。

しかし、自己資金が少ないと、融資額が高額となり、融資審査のハードルが高くなることがあります。

そこで、融資を受けやすくするためにも、ある程度の自己資金を準備することが重要です。

開業に必要な自己資金は、通常開業資金の10％から20％程度を目安に用意しておくと良いでしょう。

例えば、開業に1億円が必要な場合、1,000万円〜2,000万円程度の自己資金が必要です。

金融機関からの融資を検討する際には、医院の将来性や収支の見通しを示す事業計画書を作成し、返済能力をアピールすることが信頼を得るポイントとなります。

開業時に活用できる補助金・助成金制度について以下の記事で詳しく紹介しています。

事業計画書の書き方や作成手順は以下の記事で詳しく解説しています。

経営やマーケティング知識を身につける

医師は医療の専門家ですが、クリニックという一つの事業体を経営する経営者としては、多くの場合、初心者からのスタートとなります。

そのため、医療の知識だけでなく、経営やマーケティングに関する幅広い知識を体系的に身につけることが、開業成功には不可欠です。

具体的には、会計や税務に関する基礎知識、人事・労務管理、効果的な広報戦略やブランディング、患者管理といった幅広い分野の知識を習得する必要があります。

医療経営セミナーへの積極的な参加、関連書籍の購読、あるいは中小企業診断士や税理士、社会保険労務士といった外部の専門家からのアドバイスを積極的に求めるなど、多角的な情報収集と学習を継続的に行いましょう。

CLINICSでは、クリニックの経営を成功させるためのセミナーを定期的に開催しています。以下のページから関心のあるテーマを選び、ぜひご参加ください。

開業医の収入・年収はどうなのか？

開業を検討するうえで、自身の収入がどのように変化するのか、経済的な安定性は確保できるのかという点は、気になるポイントの一つでしょう。

ここでは、勤務医と開業医の年収比較をはじめ、診療科による年収差や「開業医は儲からない」と言われる理由についても詳しく見ていきます。

勤務医との平均年収比較

開業医と勤務医、年収にはどれほどの差があるのでしょうか。

厚生労働省が発表した「第24回医療経済実態調査 （医療機関等調査） 報告」によると、勤務医の平均年収は約1,461万円である一方、開業医はその約1.8倍にあたる約2,631万円となっています。

この数字だけ見れば、開業医が圧倒的に高収入を得ているように思えるかもしれません。

しかし、これはあくまで総収入の話で、開業医は事業主として経費や税金がかかるため、実際の手取り額とは開きがあります。

手取り額で考えると、勤務医がおよそ850万円〜1,050万円、開業医が1,600万円前後となる見込みです。

手取り額で見ても開業医の方が大きく上回っていますが、開業医は勤務医に比べて収入にバラツキがある点も考慮しなければなりません。つまり、成功すればこのように大きな収入を得ることができますが、必ずしも全員が高収入を得ているわけではないのです。

参照：中央社会保険医療協議会「第24回医療経済実態調査 （医療機関等調査） 報告」

診療科による年収差

続いて、診療科別で見たときの勤務医と開業医の年収差は以下となります。

参照：独立行政法人 労働政策研究・研修機構「勤務医の就労実態と意識に関する調査」
参照：中央社会保険医療協議会「第24回医療経済実態調査 （医療機関等調査） 報告」

このように、開業医は勤務医に比べてすべての診療科で収入が大きく上回っています。

ただし、実際の年収は診療形態、立地条件、運営方法などの要素にも影響されるので、上記の数字はあくまで参考程度にとどめておきましょう。

開業医は儲からないと言われるのはなぜ？

ここまで見てきたように、個人差はあるものの、やはり開業医の方が勤務医よりも多くの年収が得られることが分かります。

例えば、小児科においてはその差が3,000万円以上にもなるわけですが、このような年収差があるにもかかわらず、なぜ「開業医は儲からない」と言われるのでしょうか。

その理由として、以下の点が挙げられます。

• 高額な医療機器や消耗品の費用が利益を圧迫すること
• 高所得になるほど税金が増え、手取り額が減少すること
• 激務やリスクに対して収入が見合っていないこと

これらの要因が影響し、開業医には想定以上の負担がかかることがあるため、収入に対するネガティブイメージを持っている人も少なくないようです。

それでも、適切な準備と戦略を持って経営を行えば、安定した収入を得ることは十分に可能といえるでしょう。

医師の開業成功率を高めるためのポイント

開業の成功には事前の準備と戦略が欠かせません。ここからは、医師の開業成功率を高めるためのポイントを5つの側面から解説します。

診療圏調査で地域ニーズを正しく把握する

開業地の選定は、クリニックの将来的な集患と収益に直結するため、開業の成否を左右する重要な要素の一つと言えます。

その決定において欠かせないのが「診療圏調査」です。

診療圏調査とは、開業を検討している地域の周辺住民の年齢層、性別、世帯構成、所得水準、交通手段、競合となる既存クリニックの数や診療内容、アクセス状況、周辺の商業施設や公共施設の有無などを、客観的なデータに基づいて詳細に分析するプロセスです。

この調査をしっかりと行うことで、その地域でどのような人々がが、具体的にどのような医療サービスを必要としているのか、あるいは診療分野ごとの競合の多寡、といった地域特有の医療ニーズを正確に把握できます。

例えば、高齢化が進む住宅街であれば、内科や整形外科、リハビリテーション科のニーズが高く、院内のバリアフリー対応が強く求められるでしょう。

こうした調査結果に基づいて、自身の専門性と照らし合わせながら、最適な診療科、クリニックのコンセプト、ターゲット患者層を設定していきましょう。

それにより、開業後の効果的な集患と、地域に必要とされるクリニックとしての地位確立に繋がりやすくなります。

開業資金だけでなく、数カ月分の運転資金を確保しておく

クリニックの開業は、物件取得費や内装工事費、高額な医療機器の導入費用、電子カルテシステムなど、初期投資が膨大です。

これらの初期費用を準備することはもちろん重要ですが、開業後の安定した運営を目指すためには、当座の運転資金をどれだけ確保できているかが経営の成否を大きく左右します。

開業当初は、想定していたよりも患者の来院が少ない、あるいは収益がなかなか安定しないといったことも十分に考えられます。

そのような場合でも、最低限、数カ月分の運転資金（具体的には、人件費、家賃、光熱費、薬剤費、医療消耗品費、広告宣伝費、各種リース料、税金など）が手元にあれば、資金繰りに困ることなく、経営状況を立て直すための時間的な余裕と、精神的な安定を得ることができます。

具体的には、最低でも3カ月から6カ月分の運転資金は用意しておくようにしましょう。

強みや専門性を明確にし、差別化を図る

競争が激化する現代の医療業界において、数多くのクリニックの中から患者に選ばれるためには、他院との明確な差別化が欠かせません。

そのためには、自身の持つ専門性や、これまで培ってきた得意分野を徹底的に深掘りし、それをクリニックの揺るぎない「強み」として患者に分かりやすく打ち出すことがとても重要です。

例えば、

「特定の難病治療に特化しており、専門性の高い知見と治療法を提供できる」
「小児専門のクリニックとして、子どもが安心して通える環境作りに力を入れている」
「最新の美容医療機器を導入し、患者一人ひとりに合わせたオーダーメイドの施術を提供できる」

など、自身の強みや提供できるベネフィットを明確にすることで、特定のニーズを持つ患者にとって「ここしかない」と感じさせるような、独自のポジショニングを確立できます。

競合のクリニックの診療内容やサービスを分析し、自身の専門性と照らし合わせながら、独自のブランドイメージを作り上げていきましょう。

 Webを活用した集患施策を開業前から整備しておく

現代社会において、インターネットは患者がクリニックを探す際に最も利用する情報源となっており、Webを活用した集患施策は開業医にとって不可欠です。

したがって、開業を決めた段階から、クリニックの公式ホームページを作成し、FacebookやInstagram、X（旧Twitter）などの主要なSNSアカウントも開設して、積極的に情報発信を行うことが重要です。

具体的には、ホームページにクリニックの理念や提供する診療内容、院長やスタッフの紹介、クリニックの雰囲気、アクセス方法などを分かりやすく掲載しましょう。

さらに、SEO（検索エンジン最適化）対策を実施し、検索エンジンからの集客を増やします。加えて、SNSではクリニックの日常や医療に役立つ情報、健康に関する知識を発信し、患者との双方向コミュニケーションを大切にすることで、親近感や信頼感を築くことができます。

以下の記事では集患対策に効果的な方法をさらに詳しく解説しています。

スタッフ採用後の教育・連携を丁寧に進める

クリニックの印象や患者の満足度を左右するのは、医師の技術だけではありません。

看護師や受付など、日々患者と接するスタッフ一人ひとりの言動や所作が、クリニック全体の信頼感や安心感に大きく影響します。

だからこそ、採用したスタッフに対しては、開業前に十分な時間をかけて丁寧な教育を行い、クリニックの経営理念やコンセプト、診療方針、そして患者への接遇マナーを徹底的に共有し、クリニック全体として高いレベルのホスピタリティとプロ意識を持ってもらうことが重要です。

また、医師とスタッフとの関係づくりも、質の高い医療提供には欠かせません。

業務連携がうまく取れていないと、予約の取り間違いや診療の遅れといったトラブルに発展する可能性があります。

こうした事態を招かないためにも、日々のちょっとした声かけや月1のミーティングなど、オープンなコミュニケーションを励行し、スタッフが働きやすいと感じる職場環境を整えましょう。

まとめ

本記事では、医師が開業を決意する理由から、成功に向けた準備や収入の実態、成功率を高めるためのポイントについて詳しく解説しました。

開業医は、勤務医よりも高い年収を得られる可能性がありますが、初期投資や運営面での負担、税金やリスクの管理が必要です。

開業を成功させるためには、早い時期から経営理念を固め、ターゲット患者を明確にし、Webを活用した集患施策を整備することが大切です。

慎重に準備を進め、戦略を練ることで、開業後の安定した経営が実現できるでしょう。