
クリニックの事業承継|手続きの流れと承継する際のポイント
クリニックを開業するにあたり、親族や第三者から事業承継しようと考えている方もいるでしょう。
しかし正しく手続きできていないと、行政から許可をもらえず開業が遅れてしまう可能性もあります。
この記事では、クリニックの事業承継における手続きの流れとポイントを解説します。
どのように手続きすれば良いか、不安な方はぜひ参考にしてください。
目次[非表示]
- 1.クリニックの事業承継の形式
- 1.1.親族内で事業承継する
- 1.2.第三者へ事業承継する
- 2.クリニックの事業承継で必要な手続き
- 2.1.行政上の手続きが必要となる
- 2.2.保険医療機関コードを変更する
- 2.3.資金の調達方法を押さえる
- 2.4.診断報酬の遡及請求に対応する
- 3.クリニックの事業承継をする流れ
- 4.クリニックの事業承継における課題
- 4.1.誰を後継者にするかを決めるのは難しい
- 4.2.患者や従業員が不安になりやすい
- 4.3.手続きに時間がかかりやすい
- 4.4.税金に関する知識が必要となる
- 5.クリニックの事業承継を失敗しないためには
- 5.1.準備を早くから進める
- 5.2.今後の業務のすり合わせを行う
- 5.3.事業承継に関する相談先を把握しておく
- 6.クリニックの事業承継の成功事例
- 7.まとめ
クリニックの事業承継の形式

クリニックの事業承継の形式には、大きく分けて親族内と第三者間の2種類があります。どちらかを選ぶ際には、それぞれのメリットとデメリットを押さえなければなりません。
ここでは各事業形式の定義に加え、どういったメリット・デメリットがあるかを解説します。
親族内で事業承継する
まず事業承継の方法として挙げられるのが、親族内での承継です。
たとえば父親がクリニックを運営していた場合、相続や贈与といった方法で引き継ぐケースが該当します。
親族内での事業承継のメリットは、第三者との承継に比べて手続きが容易である点です。第三者に対して事業承継するには、まずは譲渡先を探さないといけません。
反対に親族内では、譲渡する相手が決まっているので、経営方針や理念も共有しやすいでしょう。一方で診療科目が異なると、親族内の事業承継が難しくなる場合もあります。
診療科目が同じでなくとも、クリニックの事業承継をすること自体は可能です。しかし地域の特色や立地、設備などの制限がかかりやすくなります。
第三者へ事業承継する
昨今は少子高齢化の影響もあり、後継者のいない医師も少なからずいます。
そのため後継者のいない経営者が外部の医師に対して、クリニックを譲渡することがあります。
第三者承継のメリットは、誰に引き継ぎさせるかを自由に選べる点です。親族内承継の場合、仮に自身が内科の医師であれば、子に内科を引き継がせるといったケースが挙げられます。ただし子は、皮膚科や整形外科など親とは異なる診療科目で開業したいと考えているかもしれません。この状況で無理に事業承継をしようとすれば、子が我慢して内科を選ばざるを得なくなります。
第三者承継では、基本的に最初から自身の診療科目を希望する医師と契約を交わせます。自身の子に対し、自由に将来を決めてほしいと考えている方にもおすすめです。
一方で事業承継をしようにも、後継者が見つからないといった問題が発生する恐れもあります。日本全体で医師不足が問題視されているなか、譲渡先は簡単には見つかりません。M&A仲介会社などにも相談しつつ、視野を広くして譲渡先を探しましょう。
以下の記事では、医院およびクリニックの承継に関するメリットやデメリットを解説しています。
クリニックの事業承継で必要な手続き

医療業務の特性上、クリニックの事業承継で求められる手続きは数多くあります。
譲渡側と譲受側で必要な手続きを理解し、各々が正しく進めないといけません。
一般的にどういった手続きが求められるかを解説します。
行政上の手続きが必要となる
クリニックや病院といった医療機関を開設するには、行政から許可をもらう必要があります。
しかし事業承継では、行政の許可が引き継がれることはありません。
そこで譲渡側は「診療所廃止届」、譲受側は「診療所開設届」をそれぞれ提出します。
「診療所廃止届」は、事業承継が決まってから10日以内に保健所へ提出しないといけません。
レントゲン機器があれば、「診療用エックス線装置廃止届」も併せて必要になります。
ほかにも地方厚生局には「保険医療機関廃止届」、税務署には「廃業届」をそれぞれ提出してください。
一方で譲受側は、クリニックを開設してから10日以内に「診療所開設届」を保健所に提出します。
レントゲン機器を使うときは、「診療用エックス線装置設置届」も必要です。
さらに地方厚生局から「保険医療機関の指定申請」を月に1回受けないといけません。
加えて税務署に「開業届」を提出しましょう。
保険医療機関コードを変更する
個人がクリニックを事業承継するには、保険医療機関コードも併せて変更します。
国民皆保険を採用している日本では、医療機関は患者(3割)と保険者(7割)に分けて費用を請求するのが特徴です。
この請求手続きにあたって、医療機関を特定するために保険医療機関コードが役立ちます。
仮にレセコンや電子カルテに登録されているコードを変更し忘れると、請求手続きでトラブルが発生する恐れもあります。
変更後のコードは、保険医療機関の指定を受けた際に地方厚生局が伝えてくれるので、医療システムに反映させましょう。
ただしメーカーによって操作方法が変わることから、自身で医療システムのコードを変更する必要があるかを確認してください。
法人間でのクリニックの事業承継では、保険医療機関コードの変更は不要です。
変更せずに事業承継をしても、従前と同じように診療報酬を請求できます。
資金の調達方法を押さえる
個人開設であれば、基本的に譲渡されるのは「事業」です。
そのため譲受側は、自己資金と融資を併用するといった形がとられます。
一方で医療法人開設では、「法人」という立場も譲渡します。
このケースでは、譲渡側から譲受側に対して持分と経営権が譲渡されます。そして、持分の譲渡対価が承継の対価となるのです。
また、あわせて退職する役員や社員に退職金が支払われるケースもあります。
この退職金は医療法人の預金から支払われます。
出資持分を有する医療法人であれば、資産や負債も引き継がれます。
譲渡するまでに医療法人が借り入れをした場合、譲受側は連帯保証人となるケースも少なくないので注意しましょう。
診断報酬の遡及請求に対応する
クリニックの事業承継では、診断報酬の遡及請求にも対応しないといけません。
遡及請求とは、過去にさかのぼって診療報酬の請求を認める制度です。
先程も説明したとおり、医療機関を開設するには保険医療機関の指定申請を出すのが義務づけられています。
しかし申請の審査が完了するまで、2週間〜1カ月程度の期間がかかります。
本来であれば、審査を待っている期間は保険診療ができません。とはいえこの期間に保険診療ができないとなると、クリニックの経営にも少なからず支障が出てしまうでしょう。そこで診断報酬の遡及請求を指定申請と同時に行えば、審査待ちの期間も診断報酬の請求ができます。
クリニックの事業承継をする流れ

クリニックの事業承継をする流れを、親族内と第三者に分けて解説します。
譲渡側と譲受側でどのような手続きが必要となるかを押さえてください。
親族内での事業承継
まずは、親族内での事業承継について説明します。第三者への事業承継と比べれば、手順はそこまで複雑ではないので、基本的な流れを把握しましょう。
譲渡側および譲受側
親族間で事業承継をする場合であっても、事業承継のプロセスを明確に理解しておく必要があります。親族承継の場合、次のような流れで手続きを進めます。
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理念の共有と承継時期の決定
承継前に譲渡側と譲受側で診療理念や経営方針を共有したうえで承継時期を決定 -
資産と経営状況の把握
土地および建物、医療機器、従業員などの資産を把握。経営状況を数値で確認 -
経営方針と診療科の決定
譲受側が承継後の経営方針と診療科の決定。 -
事業承継計画の策定
顧問税理士や専門家に相談しながら承継後の経営を予測値に落とし込み、事業承継計画を策定。譲渡側の院長の引き継ぎ期間も決定 -
事業譲渡契約書の締結
譲渡価格や譲渡条件についてまとめた事業譲渡契約書を締結 -
クロージング
最終譲渡契約書の内容に沿って事業を譲渡し、譲渡対価の支払いを実施
このように手続きを進め、クロージングが完了した後に保健所に対して、譲渡側は「診療所廃業届」、譲受側は「診療所開業届」を提出します。
また、保険医療機関コードの変更も忘れずに行ってください。
医療法人化していれば理事長を交代するだけで許認可も引き継がれますが、出資持分を持っている場合は出資者の持分の移転手続きが必要です。
第三者への事業承継
第三者への事業承継では、親族間よりも複雑な手続きが求められます。ここでは譲渡側と譲受側に分け、それぞれで必要となるプロセスを解説します。
譲渡側
不動産や医療設備は、医師にとって重要な財産の一つです。
そのため第三者に譲渡する旨を、親族にしっかりと相談すると良いでしょう。
さらにM&Aの専門家や税理士とも連携を取り、今後どのような手続きが必要になるかを確認します。
第三者承継の場合、譲渡側は次のような流れで手続きを進めます。
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M&A専門家への相談
譲渡側と譲受側の間に仲介業者やアドバイザーとして入るM&A専門家と、秘密保持契約(NDA)やアドバイザリー契約を締結。条件や譲受候補者に関する希望を伝達 -
資料提出と資料作成
M&A専門家に対して、クリニックの資料(財務資料や従業員名簿など)を提出し、クリニックの概要書作成や価値評価を実施 -
お相手候補探し
M&A専門家の紹介やプラットフォームの活用により、譲受候補者を探索 -
譲受候補者との面談
対面またはオンラインで譲受候補者と面談を実施。双方の理念や考え、譲渡後にどのような展開を臨むかを協議 -
基本合意書の締結
現時点での譲渡価格や譲渡条件、今後のスケジュールなどについて、書面で合意を形成。この時点で、一定期間は1つの譲受候補者としか交渉できなくなるケースが多い -
デューデリジェンスの実施
(取引の規模に応じて)会計士や弁護士などの専門家によるデューデリジェンス(買収監査)に対応。各種資料を追加で提出し、業務インタビューに対応 -
最終譲渡契約書の締結
デューデリジェンスの結果をもとに譲渡価格や譲渡条件について改めて交渉を実施し、最終条件をまとめた最終譲渡契約書を締結 -
クロージング
最終譲渡契約書の内容に沿って、事業や出資持分を譲渡し、譲渡対価を受領
このように手続きを進め、クロージングが完了した後に譲渡側は「診療所廃止届(保健所)」や「保険医療機関廃止届(地方厚生局の都道府県事務所)」を提出します。
譲受側
第三者承継の場合、譲受側は次のような流れで手続きを進めます。
-
M&A専門家への相談
譲渡側と譲受側の間に仲介業者やアドバイザーとして入るM&A専門家と、秘密保持契約(NDA)やアドバイザリー契約を締結。譲受を検討するクリニックの条件や予算などを伝達 -
お相手候補探し
M&A専門家の紹介やプラットフォームの活用により、譲渡候補者を探索 -
譲渡候補者との面談
対面またはオンラインで譲渡候補者と面談を実施。双方の理念や考え、譲渡後にどのような展開を臨むかを協議 -
基本合意書の締結
現時点での譲渡価格や譲渡条件、今後のスケジュールなどについて、書面で合意を形成 -
デューデリジェンスの実施
(取引の規模に応じて)会計士や弁護士などの専門家に依頼して、デューデリジェンス(買収監査)を実施。譲渡候補者が提出した追加資料の分析や、業務インタビューを実施 -
最終譲渡契約書の締結
デューデリジェンスの結果をもとに譲渡価格や譲渡条件について改めて交渉を実施し、最終条件をまとめた最終譲渡契約書を締結 -
クロージング
最終譲渡契約書の内容に沿って、事業や出資持分を譲り受け、譲渡対価を支払う
このように手続きを進め、クロージングが完了した後に譲受側は「診療所解説届(保健所)」や「保険医療機関指定申請書(地方厚生局の都道府県事務所)」を提出します。
クリニックの事業承継における課題

クリニックの事業承継をするにあたって、さまざまな課題に直面するでしょう。
事業承継は医師の間だけではなく、一緒に働くスタッフや患者にも少なからず影響を与えます。
迅速に解決策を見つけるためにも、事業承継における課題を把握しておきましょう。
誰を後継者にするかを決めるのは難しい
クリニックに限った話ではありませんが、事業承継が難しいのは誰を後継者にするか決めることです。特に医療業務の場合、専門的な知識やスキル、業界に対する理解度が求められます。
後継者も、相応の知識を有していなければなりません。
クリニックの経営自体は、医師以外の者に任せることも可能です。
ただし代わりに医師を置く必要があるほか、後継者は経営における専門的な知識を兼ね備えているのが前提条件となります。
患者や従業員が不安になりやすい
経営者が交代すると、患者やクリニックで働くスタッフが不安を感じることもあります。
特に患者が従前まで受けていた治療は、きちんと引き継がないといけません。適切に引き継ぎがなされていないと、クリニックの評判は落ちてしまうでしょう。
また事業承継をするなかでは、方向性についても注意したほうが賢明です。以前の経営者とあまりにも異なる方針を打ち出せば、患者やスタッフが離れてしまいます。
経営者が変われば方向性は少なからず変わるものですが、患者やスタッフに不安を感じさせないようにしましょう。
手続きに時間がかかりやすい
一般的な会社と異なり、クリニックは手続きに時間がかかりやすい点も注意しないといけません。クリニックのような医療機関は、開設時に行政機関からの許可が必要です。
先程も説明したとおり、事業承継には譲渡側と譲受側それぞれに行政上の手続きが求められます。第三者承継であれば、後継者を見つけられずにいると手続きが滞ってしまいます。
税金に関する知識が必要となる
クリニックの承継には、税金に関する知識が必要になる点にも注意が必要です。
たとえば親が死亡し、その不動産や備品を受け継いだら、非課税の要件に該当しない限りは相続税を納めないといけません。
一方で親が生きている間に事業承継を完了させたときは、贈与税が課せられることもあります。
M&Aによって譲渡するのであれば、譲渡益にも税金が発生します。これらの負担を軽減するには、税金対策を講じることが大切です。
認定医療法人の認定を受けていた場合、出資持分は納税猶予制度の対象になります(令和8年12月31日までの制度)。
ほかにもさまざまな税金や納税猶予制度の対象になる可能性もあるため、税理士にも相談すると良いでしょう。
クリニックの事業承継を失敗しないためには

クリニックをスムーズに事業承継するには、譲渡側と譲受側が制度を正しく理解する必要があります。
お互いにコミュニケーションを取りつつ、スムーズに手続きできるよう準備することが大切です。ここでは、事業承継で失敗しないために意識したいポイントを解説します。
準備を早くから進める
クリニックの事業承継は、一般の会社と比べても手続きが複雑です。特に第三者承継であれば、後継者が見つからないケースもあるので、早めに準備しなければなりません。
クリニックに限らず、会社の経営はタイミングによって大きく変わるものです。後継者を探すのに手間取っていると、その間に経営難に陥ることも考えられます。
そうすれば、後継者を見つけるのがさらに難しくなるでしょう。患者やスタッフを不安にさせない意味でも、計画的な準備が必要です。
今後の業務のすり合わせを行う
事業承継では、後継者のための引き継ぎが重要です。
経営方針は一人ひとりによって多少異なるものの、大きなズレを生むのは望ましくありません。
そこでクリニックを承継するときは、譲渡側と譲受側ですり合わせを行いましょう。
譲渡側は、今のクリニックの経営状況を細かく伝える必要があります。
譲受側は引き継ぎの内容を細かくチェックし、今後の経営に活かしてください。
患者やスタッフの間で、トラブルに発展しないよう準備を進めましょう。
事業承継に関する相談先を把握しておく
M&A仲介会社に相談する重要性はすでに紹介しましたが、ほかにも事業承継に関する相談先はいくつか存在します。
主な例の一つとして挙げられるのが、金融機関です。
数々の企業と取引している金融機関であれば、事業承継先も比較的見つかりやすいでしょう。
独自のノウハウで情報を提供してくれますが、取引先を紹介するケースも多く、結果的に選択肢の幅が狭まる恐れもあります。
ほかにも今後起こりうる問題に備え、弁護士や税理士といった士業に相談するのも方法の一つです。
クリニックの事業承継の成功事例

クリニックの事業承継を成功させるためには、譲渡側と譲受側の医療に関する考えや方針が一致すると理想です。以下では、事業承継に成功した例を紹介します。
譲渡側の医師の体調不良を理由に事業承継を実施
クリニックの譲渡を検討している医師には、自身の体調不良の問題を抱えている人がいます。
体調不良で経営および診察が難しくなっており、地域で長年にわたり経営してきたクリニックを引き継いでくれる医師を探しているのです。
こうしたクリニックを、同じ診療科での開業を考えていた医師が引き継ぐケースがあります。
承継にあたっては、治療の方針や患者層の特徴をはじめとするさまざまな情報を共有し、円滑な引き継ぎができるかどうかを丁寧にイメージすることが重要です。
譲渡側の医師に月に数度の診察を担当してもらうことができれば、長年通院してくれている患者に不安を抱かせずに事業承継を完遂できるでしょう。
患者やスタッフを引き継ぎ可能
譲受側には、事業承継によりクリニックの患者やスタッフをそのまま引き継げるというメリットがあります。
また、事業承継であれば新規開業と比較して多額の運転資金を用意する必要がないケースもあるでしょう。
実際に、新規開業を検討していた医師が、自らが求める条件にマッチしたクリニックを見つけ、事業承継に踏み切る例は少なくありません。
その際、クリニックをリフォームすると、譲受側のイメージにさらに近い内装や設備を実現しやすくなります。
クリニックを承継する際は、立地やスタッフのスキル、譲渡側の医師の継続の意向などを丁寧に確認していきましょう。
まとめ
クリニックの事業承継のやり方は、親族間の譲渡と第三者同士の譲渡で異なります。
特に第三者との譲渡では、最終合意に向けて複雑な手続きが必要です。専門家と相談したうえで、確実に手続きできるようにしてください。
事業承継をするにあたって、患者やスタッフとの間でさまざまな課題を抱えることもあります。
これらのケアを行うためにも、早いうちから準備を進めましょう。











